こんにちは、ブログ・HIMAZINE運営者のKOH(@Luck81O)です。
今回ぼくは近年メディアを賑わせている一人の人物に独占取材を試みることに成功しました。
彼の名は『暇な美容師KOH』
そう名乗る人物は一体何者なのか、知られざるその実態に迫りたいと思います。
暇な美容師の旅事情
こんにちは、今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
まずはじめにですね、SNSとかで使っているその青くてサイケデリックな写真は一体なんですか?
あ、これですか?タイのパンガン島というパーティーアイランドの満月の夜に開催されるフルムーンパーティーでの写真です。ブラックライトに照らされたビーチでLEDゴーグルをかけて、手の甲に蛍光塗料でビッグリップをセルフペイントしました。
実際会ってみると落ち着いた雰囲気ですが、本来はパリピなのでしょうか?
たしかに普段は無口であまり喋りませんが、それとこれは別の話です。TPOというかなんというか…パーティーシーンではじけられない大人って可哀想だなって思うんです。その時その場に合った自分になれるか。演じるのではなく、本質的に自分をベストな状態に持っていく。ただそれだけのことです。
名言みたいにおっしゃいましたが、要は『根はパリピ』ってことですね
5文字でいうとそんな感じです。
海外はよく行かれるのですか?
比較的よく行く方だと思います。いままでに渡航した国数は14ヵ国。なかでもフィリピンには4回、タイは3回と、どちらかと言うと同じ国に何回も行くタイプです。
『暇な美容師』と言えど、よくそんなに時間が取れるものですね。美容師さんって休む暇がないくらい多忙なイメージですが…あ、もしかしてお仕事で行ってるのでしょうか?
Webライターの仕事もしている関係で一度だけベトナムへプレスツアーに行った以外はバックパッカースタイルで旅をしています。美容師の仕事もフリーランスでしているので、休みは自由です。週に1、2日休んでもやることがないので100連勤して半月旅に出て…みたいな休み方が多いです。
なるほど、その独特の仕事観も気になるところですが、まず『旅』についてお聞きしたいです。最初の海外旅行は何歳のときですか?
一人旅は18歳のときにニューヨークに行ったのが最初でした。
10代とはなかなか早いですね。若者の最初の一人旅といえば物価の安い東南アジアが多い印象ですが、なんでまたニューヨークへ?
本当は世界一周の旅をしたかったんですよ。でも当時18歳、お金も時間もない中で世界一周は高嶺の花でした。そこで、世界中の人がいる場所に行こうと思い立ち、なんとなくニューヨークが思い浮かびました。ついでに見学したい美容室もあったので。
18歳の少年が一人でアメリカに行くにはなかなかハードルが高いように思えます。英語が得意だったんですか?
いえ、英語のテストで30点以上取ったことはほとんどありません。
じゃあ、現地でどうやって生活していたんですか?
30点の英語力でなんとかなりました。密室でゲイと二人きりの状態で股間をまさぐられた時は「I am HIV」で護身できましたし、言葉なんてなんとなく伝わればいいと思っています。実際、日本人の日本語だって「やばい」って言えばだいたいのリアクションをカバーできるくらいなんとなくな部分あるじゃないですか。
さらっとすごい話を挟んできましたね。
そっちの気はありません。
もっと小さい頃から旅に対して憧れていたのでしょうか?
もともとの性格が旅好きで、小学生や中学生の頃からママチャリ旅はよくしていて、地元の東京都国分寺市を拠点に羽田空港や相模湖に行ったりしてました。ただ、海外は旅ブロガーさんの日記を見て憧れを抱くようになりました。
アウトドア派なんですね。最近では冒険の旅に出ることもあるとか?
はい、本ではないのですが、代表作として1円も持たずにセブ島を旅したセブ島無一文の旅や香港への片道航空券と現金6000円だけ持って東南アジア1周をした東南アジア一週帰りの航空券代稼ぐまで帰れまテンなど、楽しい冒険をしてきました。
なかなかハードな旅をしてますね…うらやましいけど真似したくない…
よく言われます。
なぜあえてお金を使わず旅をするのですか?
お金がある旅、お金がない旅、両方それぞれの楽しみがあると思うんです。お金がない旅は若いうちにしか出来ない旅ってのもあるんですけど、ぬくぬく育ったぼくは一度地獄を見たかったという理由もあります
地獄を見たいとは?
絶対的な精神力の部分で成長をしたくて、一度地獄を見た人ってすごく強いと思ったんです。まだ首も座らない頃に親に捨てられて狼の群れの中で育ったとか、戦争をくぐり抜けて生き延びたとか。現実味のある例えだと貧困家庭育ちみたいな。そうしてぼくは成長を目的に冒険の旅に出ました。
地獄、見れましたか?
3日3晩飲まず食わずで精神を消耗したりしましたが、そんなくらいでした。それでも十分しんどかったですし、だからこその現在があり、旅を経て学んだことは大きかったです。
またそのような冒険の旅に出たいと思いますか?
冒険はしますが、十分な現金やカードは持っていきます。
ちょっとは懲りてるんですね。
…はい。
プロフィールで幼少期は北朝鮮にいたと見ましたが本当ですか?
ええ、本当です。3歳の時に父親の出張に家族でついていく形で1年ほど住んでいました。
なるほど、それは興味深い。生活の様子はどうだったのでしょう?
若干3歳の頃なので覚えていませんが、親から聞く限りだと電力不足が深刻でよく停電するので、住んでいたマンションの高層階まで毎日階段を駆け上がっていたそうです。託児所ではたくさんの友達ができて、オムツが取れたのもその時です。
そういえばそんなことを書いた記事がありましたね。
ええ、僕の幼少期を綴った寄稿記事がバズりまして、よく会う人に『北朝鮮の人』と言われます(笑)
『暇な美容師KOH』の『KOH』は苗字だと耳にしたのですが国籍は北朝鮮なんですか?
いえ、ぼくの家系は在日朝鮮人の家系で、ぼくは4世にあたります。かつて朝鮮半島が南北分断される以前、そこには北朝鮮も韓国も存在せず、朝鮮という一つの国がありました。その時代に日本に渡って来た移民が在日朝鮮人、ぼくはその4世代目で18歳までは朝鮮籍でした。でも朝鮮籍だと外国への入国が非常に困難なので、韓国籍に帰化しました。なので現在ぼくの国籍は韓国籍です。とても簡単に切り替えられたし、ビザなしで入国可能な国も日本パスポートに匹敵するほど増えました。
日本生まれ日本育ちという事ですが、韓国語は話せますか?
小学生の頃、朝鮮学校に通っていたので、生活レベルの朝鮮語は話せます。韓国語と大きく変わりはありません。
なるほど、ではやはり食べるものも辛いものを好むのでしょうか?
辛いものは食べれません。
ふぁっ!?
暇な美容師の仕事事情
さて、暇な美容師KOHさんはどのようなキャリアを積んできたのかお聞きしたいと思います。美容師を志したのはいつくらいからですか?
中学生の頃ですね。いつも髪を切りに行ってたサロンのお兄さん達と仲良くて、みんな楽しそうな日々を送っていたのでなんとなく美容師という仕事に憧れを持つようになりました。自分の髪をいじるのも好きでしたし、ま、でもなんとなくです、なんとなく。
『なんとなく』だと、すぐ他の職業に目移りしませんか?
あまり考えたことありませんでした。世の中にどんな職業があるかそんなに知りませんでしたし。
美容師歴っていま何年目ですか?
9年目を迎えます。
あれ?まだお若いですよね?
24になる年ですね、中学校を卒業してすぐにヘアサロンでバイトを始めたので15歳がスタートでした。
美容室のバイトってどうやって探したんですか?
今でこそ美容室のバイト募集は増えてきましたが、当時は美容室のバイト募集を見かけることはほとんどありませんでした。美容室の店頭って大体ショップカードが置いてあるんですよ。中学在学中に地元を自転車で周りながらショップカードを集めました。電話番号集めですね。卒業式を終え、100枚くらい積み重なったショップカードを見てシラミ潰しに電話をかけるんです。「バイトで働かせてください」って。
でもまさか1本目の電話で決まるとは思いませんでした。
いきなり採用だったんですか?
いえ、電話の先は200店舗くらいある業界最大手の支店だったのですが、「バイト募集はしてないけど本部に聞いてみます」との事で、後日1時間半にも及ぶ本部面接を経て採用に至りました。
高校には進学しなかったんですか?
バイトしながら全日制の高校にも通っていましたよ。7:30からサロンで朝練して9:00から学校、15:00に学校が終わって16:00から出勤、営業終了後に練習といったルーティーンでした。
けっこうカツカツですね、遊ぶ時間とかなかったんじゃないですか?
さっき言った生活時間はまだ楽な時ですね、高校在学中に専門学校の美容科通信課程に入学して学費を払うために深夜コンビニで夜勤していました。
え、その時の1日のスケジュールどうなってたんですか?
こんなかんじですね。
7:30朝練
9:00登校&就寝
15:00起床&下校
16:00美容室出勤
22:00夜練終わり
23:00コンビニ出勤
05:00帰宅
美容学校は通信課程なので春夏に2週間ずつくらいのスクーリング、その時期は高校が長期休みなので登校する学校が入れ替わるような感じでした。
かなり詰め込んでますね…その原動力はどこから来るのでしょうか?
せっかちだからですかね?周りには「そんなに生き急がなくても」と常々言われていましたが、そんなに特別な感覚はありませんでした。人気のスタイリストになりたかったらその目標に向かって最速で向かうのは普通な事だと思うんです。今となってもその頃の下積みに後悔はありませんし、あのペースでよかったと思います。
21歳で独立とプロフィールを拝見しました。同年代の美容師さんに比べてかなりスピーディーな独立ではないでしょうか?
たしかに、21歳というとアシスタント1年目くらいの歳ですね。でも歳って全然関係なくて、最初のシャンプー練習から6年経っての独立は早くもなんともないと思います。そもそも独立したくて前社を退職したわけではなく、なにも後先考えずに辞めました。頭で考えるより心で動くタイプなので…
なるほど、無一文で海外に行くのも頭で考えていたら普通は実行しないですよね。
はい、心ので動いていたらそうなりました。
退職後はどうされたんですか?
カット道具を持ってタイに飛びました。
タイの美容室に転職ですか?
いいえ、路上でヘアカットをして、お代に料理を作ってもらったりお酒をご馳走になったり、お金をもらったりしていました。
そんなにいきなり髪の毛を切ってと言う人なんているのでしょうか?
最初の1人をヘアカットすると、みんな興味深そうに寄ってきて観衆に囲まれるので、あとはエンドレスにカットが続きます。
ヘェ〜日本ではなかなか難しそうな、外国ならではのことですね。
日本でも一回宇都宮で路上カットしたことがあるんですけど、観衆に囲まれるほどではありませんでしたが楽しい空間を築けました。
ずばりストリートパフォーマーのようにカットすることの魅力とはなんでしょう?
ストリートにおいて髪を切る行為はあくまでツールで、普通に観光旅行をしていては起こらない人との出会いがたくさんあります。その縁は意外にも深くて、旅の後も関わり合うことが多いです。今住んでるシェアハウス東京未来人アジトのオーナーも、出会いはフィリピンでの路上カットでした。
すごいですね、縁を大事になさっているんですね。前半にWebライターのお仕事もされているとお聞きしましたが、美容師とWebライターのワークバランスはどうやっているのでしょうか?
僕はまだまだひっきりなしにお客さんが来るような美容師ではありませんし、拘束時間というのもないので予約の合間の空き時間は休日のようなものです。その時間にライティングをしたり、旅先でもライターの仕事はしています。
もともと文を書くことが好きだったんですか?
はい、中学生の頃からブログを書いていて、テキストを綴ることには慣れがありました。文書に関して専門的に勉強をしたことはほとんど無くて、感覚的にやっています。しいと言えばイケダハヤトさんの武器としての書く技術 (中経出版)を読んで書いてあることは忠実に実行しています。
普段どのような記事を書くのでしょうか?
旅っぽいことを書くことが多いですね。旅先っぽいことは主にTABIPPO.netという媒体に寄稿していたり、某外資系航空会社のSNS投稿のコピーを作成したり、多岐に渡ります。
ライターさんと言えば個人ブログも書いている人が多い印象ですが今もブログをやっているのでしょうか?
HIMAZINEというブログを運営しています。
なんか聞いたことのあるタイトルです。どんな意味が込められているのでしょうか?
Human&Imazineという意味で、人間の想像、つまり暇な美容師の頭の中ということです。
ゆるい印象を受けましたが意外にかっこいい感じだったんですね。込み入った話、PV数ってどれくらいあるのでしょうか?
公表するほどでもないんですけど、月に2〜3記事書いている時で1万PVに届かないくらいです。
5000PVもあれば1人くらい美容室の予約が流入してきたりしませんか?
寄稿記事とブログとSNS合わせると月間1〜2万人の目に僕のプロフィール画像が映っているはずなのに全然ネットから予約が入りません(笑)これは一大事だと思って最近記事中に予約の導線となるLINE@へのリンクを貼るようにしました。
Wedと美容師は相性がよさそうですが簡単に予約が入ってくるものでもないんですね。
なんでも地道にコツコツですね。
旅人、美容師、webライターと様々な顔を持っているようですが、まだ何かあったりするのでしょうか?
まあ、だいたいその3本の柱の上に成り立っているんですけど、美容師という一本の柱にはかなり多様性を感じていて、Barで酒とカットのイベントを打ち出したり、東日本大震災以来は福島の仮設住宅に美容ボランティアに行ったりもしています。
ご自身のスキルをふんだんに活用されていますね。東日本大震災以来のボランティア活動となるともうだいぶ長いですね。
災害が起きると最初は全国からたくさんのボランティアが被災地に集まるのですが、継続的なボランティアも一定数必要だと思うんです。僕の所属するWorldScissor’sの理念は『継続』というところにあります。2ヶ月に一度のペースで通う会津若松の仮設住宅、出会った時の小さい子はもう小学校高学年だったりまします。田舎のない僕にとってはもはやボランティアというか帰省して家族の髪を綺麗にしているくらいの感覚です。
とても素敵な活動ですね。ボランティアチームのメンバーはどれくらいいるんですか?
20人です。僕をはじめとし、世の中には変な人も多いので積極的に公募はしていませんが、自らの意思で「自分も参加したい」という人がいたら一度代表と飲みに行って加入するような流れがあります。
今後チームを拡大していくビジョンはあるのでしょうか?
大きくすることは簡単なのですが、人が集まれば集まるほどリスクも伴うので慎重にしています。
なるほど、多岐にわたるご自身の活動を経て、今後の展望はどのようにお考えですか?
6/1に高円寺のシェアサロン内でHair&Art KOEという美容室を開業します。旅を経て身についた技術やノウハウを基盤に、今までにないおもしろいことを打ち出していきたいですね。美容業だけに縛られず、個人ブログや寄稿記事の執筆数ももっと伸ばして、そんな現在の活動とは紐付けしない全く別のジャンルでビジネスを生む構想もありますが、発信しても無意味なので非公開で行う予定です。決して怪しいことではありませんが(笑)
とにかく今はたくさんの人に髪やりに来て欲しいですね。
最後に
最後にひとつお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?
なんでもどうぞ!
素顔を公開してもいいですか?
公開してもいいですけど後悔しないでくださいね。
あ….はい…。
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俺だーーーー!!!!!